ヘデリックの冒険(復讐編)

 第一話 旅立ち!

 トルバルディンに朝が訪れた。しかしこの地底の王国では清々しい朝の光を満喫するためには日の出の一時間も前に起きて、長い階段をバルコニーまでエッチラオッチラと登らねばならなかった。当然、もはや初老も近いうえに毎晩ワインを一本飲むのが日課になっているヘデリックにとっては朝の光で目を覚ますなどという贅沢は望むべくもなかった。
 かくして今朝もヘデリックは、弟子のサロメ・スリンガーに起こされるまで(不本意ながら)寝床で惰眠をむさぼるはめになっていたのである。
「お師匠!もう昼が近いですよ、お起きになってください。」サロメの声にようやくヘデリックは目を開けた。
「うう・・、貴様はわしに何の恨みがあるのだ。日食でもあるまいし、こんな暗い昼があってたまるか!」
「お師匠!しっかりしてください。トルバルディンに着いてから何日たったと思っているのですか?ここは地下です。朝は待っているだけでは来ないのですよ。」 
「うう・・、そうだった・・。このわしとしたことが・・。昼が近いだと?では司教会議はどうなっておる?まさかこのわしを抜きで始めたわけはあるまい。」
 ヘデリックの言葉に、サロメは言い辛そうに答えた。 
「司教会議には今日は誰も出席していませんでした。」 
「誰も出席していないだと!?」 
「そうです。エリスタン殿がまことの僧侶となった今、シーク司教会議の役割は終了したということらしく・・」 
「それをわしの承諾なしで決めたのか!」
 ヘデリックは激昂して枕をサロメの顔面に思いきり投げ付けた。サロメが顔を押えて打っ倒れるのにも構わず、彼は拳を振り上げて絶叫した。 
「うぉのれエリスタン!せっかく貴様がタルシスへ出て行って一安心していたのに、とんでもない置土産をしてくれたな!!許せん、貴様だけは絶対許せーん!!!」
 ヘデリックは着替えもそこそこに部屋を飛び出すと、司教会議のメンバーの部屋を訪ね、詰問しようとした。しかし、司教会議のメンバーのほとんどが胸にパラダインのメダリオンをさげていることにヘデリックは愕然とした。 
「きっ貴様らもケ=シュの魔女にたぶらかされたエリスタンの戯言を信じるのか!」 
「エリスタン殿はまことの僧侶です。それが証拠に、この私もパラダインのメダリオンを授かってからまことの癒しの・・・・」 
「ええい!聞きたくもないわ!エリスタン、エリスタンと揃いも揃って・・。」
「しかし、ヘデリック殿。今や我々の希望の綱はエリスタン殿をおいて他にはいないのですよ。彼ならば我々の安住の地を見付けてくれるに違いありません。」
「奴らは逃げ出しただけかもしれんぞ。」
「万一そうであっても希望は希望です。ヘデリック殿、あなたはこのトルバルディンの避難民たちへ希望をもたらしていますか?」
「ふん・・希望だと?希望など馬の前にぶらさげたニンジンと・・」
 そこまで言いかけたとき彼ははっとした。この言葉はあの皮肉屋の魔法使いと同じではないか!ヘデリックは怒りと悔しさで顔を真赤にしながら自室へと駆け戻った。
「ああ、やっと戻ってくださいましたね。」
 部屋の扉の前にいたサロメの出迎えの言葉も無視して(サロメを3メートルほど突き飛ばして)、ヘデリックは自室の机の上に置いてあるアバナシニア特産のロゼワイン(もはや残すところ、あと数本となっていた)に直行し、コルクを指で押し込むや否や一気に飲み干した。しかしまだ怒りは治まらず、彼はワインの空瓶を思いっ切り床に叩き付けた。
「くそ、エリスタンめ!」
 もしもその直後にサロメに羽交い締めにされなければ、おそらくヘデリックは部屋中の調度品類に八つ当たりして両手両足を骨折していても不思議はなかったであろう。
「落ち着いて下さい、シャラーフィ様。」
 サロメの捨て身の行動でヘデリックはやっと我に帰った。そして、肩で息をしながら彼に残された唯一の弟子の顔を見つめた。
「お前はまだわしを師匠と思っているのか?」
「はい。」
「ところで、さっきの『しゃらーふぃ』てのは一体何だ?」「エルフ語で『師匠』て言う意味の言葉です。」 
「本当にそうなのか?」
「ええ・・」
「その言葉は使用禁止だ。」
「え?なぜです?シャラーフィ様。」
「やめろと言っただろうが!」
と言うなり、ヘデリックはサロメの顔面に強烈なパンチを加えた。それはまるで、ヘイヴンの怪力悪僧時代をほうふつとさせる素晴らしい一撃だった。サロメの身体は3メートルもふっ飛び、部屋の隅の机とベッドを凄まじい音を立てて破壊した。それは彼の過去との決別の一撃でもあった。
「サロメよ。立てるか?」
 一転して柔和になった顔で彼は言った。
「・・・・・はい。」
「すまなかったな、しかしこれでわしも決心がついた。このいまいましいトルバルディンを出ることにな。」
「シャラ・・お師匠!しかし、いったいどこへ行くというのです?外にはまだドラゴンが・・」
「馬鹿な、ヴェルミナァルドは死んだのだぞ、もはやそれほどの危険はあるまい。それに、わしの目的はパックス・タルカスへ戻って彼の所持していたナイトブリンガーを手に入れることなのだ。」
「ナイトブリンガー!?それではお師匠は・・」
「そのとおり。わしはエリスタンとは違うやりかたでまことの僧侶となって、奴等に復讐してやるのだ。」
「それは名案ですが、噂によるとパックス・タルカスはどぶドワーフどもが占拠しているとか・・・。奴らはドラコニアンよりも厄介なような気がするんですが・・。」
「大丈夫だ、第一ナイトブリンガーは中庭に落ちているはずだ。どぶドワーフがうろついてるにしても地下だろうし、心配あるまい。そうと決まれば早速出発だ。当然おまえもわしに付いてくるだろうな?」
「はい・・。しかし今すぐですか?」
「あたりまえだ!こんなむなくそ悪い場所からは一分一秒でも早く出ていきたいわ!」
 ヘデリックは手早く荷造りをすませると、渋るサロメの首根っ子をつかみ引き摺りながら慌ただしくパックス・タルカスへ向けて旅立ったのであった。
(第二話に続く)

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第二話 厄介な同行者

「寒い!」
 トルバルディンの北門を出たとたん二人に真冬の冷気が襲いかかった。サロメの心に早くも後悔の念が拡がった。
「師匠、出発は春まで延期しませんか・・」
「ううううるさい・・!今更戻れると思うか?」
「でもこの寒さはたまりませんよ。」
「ええい!いい若いもんが情け無いぞ!」
「そりゃ師匠はもう神経がぼけてるからいいでしょうけど、ぼくは繊細ですから・・」
「殴られると暖かくなるぞ。」
「・・・・」
 一々反論するのがいい加減あほらしくなったサロメは無言で師匠の後に続いた。春はまだ遠く、デルゴス平原へと続く道は雪に埋もれ、二人の足取りはおぼつかなかった。
(やはり、お師匠は狂っているのだろうか?もしそうだとしたらぼくはどうすればいいのだろうか?)
(狂っているのではない!)
 かれの思いに何者かが答えたように感じ、サロメは慌ててあたりを見回した。しかし、無言で前を行くヘデリックの他は何も動くものは見当たらなかった。
 ヘデリックもまた、内心自分のどこにこのような強い意志が残っていたことを不思議に思っていた。ソレースで祭祀長をしていたときは、口こそ今に劣らずきつかったが、意志は薄弱になっていたのではなかったか?ヴェルミナァルドにへつらい、保身を図る日々を過ごし…。それにあのケ=シュの魔女の術のときも、その場の勢いで暖炉に腕をつっこんだものの、その足で医者に駆け込み、ひーひー泣き叫んでいたくらいだから。
 しかし、今日はこの吹雪さえもすがすがしかった。まるで胸の底に熱くたぎる復讐の炎が彼に力を送り込んでいるかのようだった。
「熱くたぎる復讐の炎?単に更年期障害かなんかで体がほてってるだけじゃないの?」
 いきなりの甲高い声にヘデリックは思わず後ろを振り返り、サロメを物凄い形相でにらみつけた。
「貴様、どこまでわしをからかえば気が済むのか?」
「ち、違います!僕じゃありません。」
サロメは慌てて足元を指差した。
 いつから居たのか、そこには独特の小鬼めいた風貌をしたケンダーが立ち、いたずらっぽく微笑んでいた。
「こ、このちびすけ!貴様は確かエリスタンたちと麗しのタルシスとやらを探しに行ったじゃないのか?」
「え?それって誰のこと?ぼくはおじさんたちと会ったのは初めてだよ。」
「そういわれて見れば…。」
 じっくり見てみると確かにこのケンダーはエリスタンにくっついて行ったタッスルとかいう奴とは違っていた。しかしケンダーはケンダーである、厄介者であることは間違いないだろう。
「ねえねえ、そんなことよりさあ、おじさんたち復讐しに行くんでしょ?おもしろそうだね。ぼくも仲間に入れてよ。」
「冗談じゃない!復讐とは崇高なものなのだ。おまえのようなふざけた奴など連れていけるか!」
「まあまあ、そうかっかしないでさ。お酒でも飲んで気を落ち着けなよ。」
 酒という言葉を聞いたとたん、ヘデリックは思わず顔をほころばせた。なにしろ、愛飲のワインが残り少ないのだ、たとえ相手がケンダーであっても、酒を飲める機会を逃すのは得策ではないだろう。
「そうか、お前は酒を持っているんだな。」
「うん、なぜか持ってるんだ。でもぼくは飲まないから、おじさんにあげるよ。」
「それはそれは…。では遠慮なくいただくぞ。」
 ケンダーは懐からワインの瓶を取り出した。それはまさしくヘデリックの大好物のアバナシニア産ワインであった。
「おお、これは…。」
 ヘデリックは幸運に震え、まだ見ぬ神々が自分を祝福してくれていることを確信した。
「師匠!」
 サロメが突然彼の背中をたたいた。
「なんだ?人がせっかく幸運を満喫しているときに…。」
「実は言いにくいことなのですが…。」
「もったいぶらずに早く言え!」
「実は荷物の中のワインが、いつのまにか全部なくなっているんです。」
「何だって!?」
「つまりケンダーのくれたそのワインは…。」
ヘデリックはあわててケンダーの方に向き直った。
「ちょっと聞くが、このワインはどこで手に入れたんだ?」
「え?どこで手に入れたかって?そういえばどこだっけなあ。まあそんなことはどうだっていいんじゃない?そうなる運命だったってことで、深く考えたってしょうがないと思うんだけどなあ。」
「ではサロメの荷物からワインが消滅したことも、深く考える必要がないとでも言うのか?」
やり場のない怒りに体を震わせながらヘデリックはケンダーにゆっくりと近づいた。
「ひゃあ、ワインが消滅だって?そんな不思議なことがあったんだ!消える瞬間っていうのを見たかったなあ。あ、もしかしたら今度はこのワインが消えるかもしれないね。」
「消されてたまるか!少なくともこのワインだけはわしが消してやる。」
 言うや否やヘデリックはケンダーからワインを奪い取ると、『ふんっ』と気合を込めてコルクを一気に指で押し込み、そのままラッパ飲みを始めた。
「ああ、また悪い癖が始まった…。」
 あきれるサロメだったが、ケンダーの方はこの光景を素直に感動していた。
「わー、すごいすごい。本当にワインが消えちゃった。」
「それで思い残すことはないな…。」
「え?」
 ヘデリックは瓶が空になるや、間髪を入れずケンダーに空瓶の強烈な一撃をくらわせた。
「ひゃあ」
 ケンダーは悲鳴をあげたが、すぐさまその軽やかな身のこなしで、ヘデリックの繰り出す第二撃、第三撃を易々とかわした。
「うおー、避けるなこのくそケンダー!わしのワインの復讐だ!ケンダーなど全員死んでしまえ!復讐だ!目にものを見せてやるぞ!」
「師匠!落ち着いてください!」
「うるさい!貴様も撲られたいか?」
 攻撃が当らないことにいらついたヘデリックはその矛先をサロメに向けた。
「だいたい貴様がしっかりしてないから、ケンダーにワインを盗られたんだぞ!貴様も同罪だ!」
「やめてください」
 命の危険を感じたサロメは、とっさに手に触れた瓶でヘデリックの攻撃を受けようとした。…とヘデリックの手がぴたりと止まった。
「?」
「サロメ…。その瓶は?」
「瓶?」
 見るとサロメの手にはケンダーにすべて盗られたはずのワインの瓶(もちろん中身入り)があるではないか。
「あれ?ワインがある…。」
「サロメ。確かワインは全部なくなったといってたのではないか?」
 そう、サロメの傍らには未開封のワインの瓶がずらりと並んで(といっても5本だが)いた。
「変だな。さっきは確かに無かったのに…。」
「ほほう。サロメよ。貴様は師匠たるこのわしをからかったというわけか。しかもケンダーとぐるになって…。」
「ち、違います!」
「うん。この頼りなげなおじさんが不満そうにしてたから、ちょっと手伝ってあげたんだ。おもしろかったね!」
「わわっ。こいつ何を言い出すんだ!?」
 サロメは真っ青になって否定したが、その慌てぶりがかえってヘデリックの不信を助長したようだ。とはいえ、ケンダーを信用することもまたできない相談である。ヘデリックはサロメとケンダーを交互ににらんだ。畜生!嘘が見破れるような奇跡が起こせたなら真実が分かるというのに…。そう思いながら二人の顔を睨んでいると、不意にヘデリックの心の中に何かが閃いた。
「ケンダーの独断だ。」
その閃きは確かにそう告げていた。その奇跡の意義を考えるより先にヘデリックの心は再び怒りに満たされた。
「つまり、このケンダーが余計なことを…。」
 ヘデリックは確信を持ってケンダーに歩み寄り、懐から鎚矛を取り出すとケンダーに向かって飛び掛っていった。
「待て。このくそケンダー!やはり撲り殺してくれる!」
「ひゃあ!」
 ケンダーはすばやく逃げ出し、雪上でのおっかけっこが開始された。
「やれやれ…。」
 サロメは疲れを感じて雪上に座り込んだ。この様子じゃどちらかが疲れて倒れるまで続きそうだ。年から考えて師匠のほうが先にバテるだろうが。それにしてもさすが師匠。最後は私を信頼してくれたんだな。
 どちらにせよ、ケンダーはくっついてきそうだ…。厄介な同行者を抱え込んだものだ。そう考えながらサロメは二人をぼんやりと見つめていた…。

(第三話に続く)
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第三話 

「ううっ。痛。」
ようやく意識を取り戻したヘデリックはあたりを見まわした。そこは先ほどまでの雪原とは打って変わった薄暗闇につつまれていた。
「確かわしはケンダーを追いかけて…。」